2010年9月21日 (火)

マン・レイとシャガール

今年の夏は暑くて、毎週のように海や森へ行きずいぶん日焼しました。                                          9月に入り涼しくなったので、リゾート気分がアート気分に切り替わり、                                         2週続けて美術鑑賞してきました。

マン・レイ展(新国立美術館)と、シャガール展(東京芸大美術館)です。

両氏とも、エコール・ド・パリの時代の芸術家で                                                        両氏とも、妻を一途に愛した芸術家です。

マン・レイ展では写真のみならず、絵やチェスボードや                                                      所持品などもあり見ごたえたっぷりでしたが、                                                                      何より私の目を引くのは、ポートレートたちです。                                                          ピカソやダリや、キキほか、関わったたくさんの女性たちのポートレート。                                            そして、人生の後半を生涯ともに過ごしたジュリエットのポートレートは特に素敵でした。                                         ジュリエットにいろいろな服を着せたり、                                                            かつらをかぶせたり、                                                                        変な格好をさせたりして、                                                                       遊ぶように撮ったのであろうたくさんのポートレートからは、                                                      マン・レイの妻に対する「大好き」という想いが感じられます。

マン・レイのセルフポートレートには笑っているものは一枚もないですし、                                         仕事中は誰と会うのも拒んだという話からも、                                                                ドライでクールな人だと予想できますが、                                                            ジュリエットとだけは、常に一緒でないとだめだったそうです。                                              ドライでクールな装いだけど、                                                                           唯一心をゆるした妻の前でだけは甘えん坊の子どもに帰る。そんな夫婦だったのでしょう。

そのジュリエットが建てたマン・レイの墓碑には、

<Unconcerned,but Indifferent> 無頓着 しかし 無関心でなく                                     

と刻まれ、ジュリエットは隣に自身の墓碑を建てて、そこには

<Together again>

と刻んだそうです。素敵なふたり。そんな歳の重ねかたにとても憧れます。

一方のシャガール展でも、たくさんの有名な作品が並ぶ中で私の心を打ったのは、                                  愛妻ベラとシャガールの自画像です。とくに恋人たちのシリーズは、                                                 本当にシャガールのベラに対する強い愛を感じます。

「灰色の恋人たち」と「緑色の恋人たち」                                                               子どものようにベラに甘えるシャガールと、                                                            母のように毅然として夫を守るベラの姿がとてもうつくしいのです。                                               ここに展示はありませんでしたが、                                                               「桃色の恋人たち」も可愛くて大好きな絵です。                                                       マリアのようにやさしい表情のベラが、シャガールをしっかりとつつみこむ姿の絵です。

マン・レイとシャガール。ジュリエットとベラ。                                                           ふたりの芸術家と、ふたりの愛情深い妻。

ふたつの展覧会を見終えて気づいたことですが、                                                                                                        作品の芸術性そのものよりも、                                                                  芸術家の人となりが垣間見える作品に魅かれました。

わたしもまた、ひとつ歳を重ねましたので                                                        モノの感じかたもひとつ深くなったでしょうか。

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2009年1月19日 (月)

素晴らしき乳白色の地

上野の森美術館で開催されていた

<レオナール・フジタ展>が終わってしまいました。

会期中はじまってすぐと、終了間際の2回出かけてきましたが、

とても心に響きました。

 

数年前のフジタ展とはまた違い、晩年にスポットをあてた展示でした。

作品のほかにも、絵の中に毎度登場してくる面相筆やつづり、

パレットなど

実物が展示されており大変興味深いものでした。

また、音声ガイドでは後半の説明アナウンスのあとに

生前のフジタの肉声メッセージと小唄を聞くことができ驚きました。

「私も80をすぎましたので、私がどんな声をしていたか、

残しておくのもよいかなと思いまして」 

というようなメッセージが印象的でした。

 

今回の展示の目玉であった縦横3メートルの大作4点(連作)は、

1992年にパリの倉庫で40年近くも放置された姿で発見され、

その後5年かけて修復されたそうです。

この修復にともなっておこなわれた科学的調査によって、

生涯決して独自の技法を明かすことのなかった画家の

<グラン・フォン・ブラン(素晴らしき白の色)>

の作成方法が初めて明らかになったそうです。

 

 

技法が明らかになったところで模倣できるものなのかどうかは知りませんが、

美術史上の謎のひとつが解明されたということ。きっとすごいことなのでしょう。

 

 

以前に読んだ本によると

<肌を描いているときは他人がアトリエに入ることさえ警戒>するほど、

フジタだけのものであった乳白色の肌。

パリで絶賛されて以来、たくさんの乳白色をつくりあげたのち

一時は作風をがらりと変えながらも、

戦後はまた乳白色を効果的に用いた絵をたくさん残しています。

 

没後40年たって秘密が明かされて、

天からフジタはどのような思いで見ているのでしょうね。

Rahu

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2008年6月25日 (水)

エミリー・ウングワレー

知人のすすめで「エミリー・ウングワレー展」を観てきました。                                             生涯にわたりたったひとつの主題「アルハルクラ」(エミリーの故郷)                                    を描き続けた、アボリジニの画家です。                                                

西洋美術とは全く無縁の世界で偶然アクリル絵の具を手にし、                                       はじめてカンヴァスに描いたのは80歳を目前にした頃。                                                以後亡くなるまでの8年間で3000か4000点を描いたそうです。                                      単純計算で、一日一枚以上ということですよね。                                                   美術学校へ行ったこともなければ手元には新聞も雑誌もない、                                西洋美術など知る由もなかった砂漠の女性が                                                精力的に、ものすごいスピードで、地面に置いたカンヴァスに描きあげてゆくのです。

イーゼルを使わずに、カンヴァスを地面に広げ四方から描いたため                                   ほとんどの絵には天地がないのです。                                                    道具は、絵筆として売られているものばかりではなく、                                          使い古しの草履や棒、髭そり用ブラシなど、                                             手に入るものは何でも絵筆として使われたそうです。

アルハルクラにある、すべてのもの。                                                         アルハルクラの、先祖や岩や、儀礼や、鳥やヤムイモや種を                                      点や線で描いています。                                                          美しい色彩や力強い点からは、描く対象となるものへの                                       厚い敬意が感じられます。                                                             私が心を揺さぶられ、何度か戻っては眺めた抽象画がありました。                                   「ムーネ・アーテーケ」です。                                                   この<点描>の部屋に入ると突き当たりに大きな絵が2枚かかっていて                               そのうちの一枚がこのムーネ・アーテーケでした。                                       遠くから眺めていると気品があり                                                        不思議なニュアンスカラーのグラデーションがとても繊細なのに、                                  近づいてみると一つ一つは力強い「色の点」で構成されていました。                              実にさまざまな色。                                                              イエロー、オレンジ、浅葱の色、濃いグリーン、ピンク、茶、赤、青、ベージュ、黄土色など                             こんなにたくさんの色の点が複雑に交差し交じり合い、                                              しかも調和がとれていて色彩に深みがあり、うっとりしてしまいました。                               隣に並んでいた「カーメ・夏のアウェリェ」という絵も明るい色彩の絵で、                                   こちらも惹かれます

このように、点描画の多い画家ですが、音声ガイドにこんな一節がありました。                                    「古来、アボリジニは大地に砂絵を描き、                                                 秘密の紋様で神話の内容や、水のありかを伝承してきました。                                          エミリ-はアクリルをはじめたばかりのころ、                                                 しばしばその紋様を描き、それを秘密として守るために点で隠しました。」                                     なんだか神秘的ですね。                

エミリー・ウングワレー展は国立新美術館で7月28日まで開催しています。

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2008年4月30日 (水)

思い出したらぶらりと行く場所

花遊の近くには、都心とは思えないような閑静な佇まいの小道が多くあります。                                  細い道が入り組んでいて、ともすると迷い込んでしまいそうです。                                           東大近くの静かな通りも好きな道のひとつ。                                           今の季節は花水木がきれいに咲いています。                                               その通りを道なりに歩いていると、突如古い木造建築があらわれます。                                    柳宗悦の「日本民藝館」です。                                                     4月から、特別展「琉球の織物」を開催しているので出かけてきました。

木綿をはじめ絹、苧麻、芭蕉など豊かな素材が                                                さまざまな技法で織られたものが展示されていました。                                             私が特に惹かれたのは、                                                        首里でつくられた絹の花織で 士族用と書かれていたもの。                                    白金色、藍色、朱色、浅葱色の絶妙な色合いで                                                規則的に織られたその着物は、                                                       そんなに昔のものとは思えないほど                                                  洗練されていて豊かでとても美しいものでした。                                            着物ばかりでなく、                                                             ティサージ(手巾)と呼ばれる手ぬぐいもすばらしく、                                    カラフルなものやシックなものなど、心打たれるものばかり。                                    昔の女性は工夫をこらして手巾の模様をデザインし、                                          思いをこめて織ったのです。                                                      かつてはこの手巾を女性が家族や恋人のために、                                              中国や本土へ旅立っていく際のお守りとして贈ったそうです。                               壁に陳列された、さまざまな柄の手巾を見ながら、                                             (どんなすてきな相手を思いながらこの模様を織ったのだろう)                                       と想像が膨らみます。                                               

「琉球の織物」展は6月8日(日)までの開催ですが、                                    民藝館には随時、ただ鑑賞されるためにつくられたものではなく、                               実用性を持つたくさんの「用の美」が展示されています。                                  展示はもちろんですが                                                            入口の玉砂利と石畳のアプローチや、                                               木製の引き戸や、                                                                                      建物内にある休息用の椅子やテーブルがいちいち素敵で、                                   そこにいるだけで癒されます。

「日々の生活に美の喜びが伴わなければ、美はますます我々から遠のいてしまう。                           本来、日本人にとって美と生活は、一体化していたはずである。」 ~柳 宗悦~

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2006年11月29日 (水)

シャガールの花束

今年7月にオープンしたばかりの青山ユニマット美術館に行って来ました。         4階にはシャガール、3階はピカソ・ブラック・モディリアーニ・フジタ・ユトリロなどのエコール・ド・パリコレクションが常設されています。

以前にニースのシャガール美術館で鑑賞したものは、聖書を題材にした大きな大きな作品がたくさんあり、旧約聖書をモチーフにしているので意味を理解するのが難しいなりにも、美しい色彩からはやさしくてかなしい印象を受けました。今回青山でみたのもは、ブルーコンサートをはじめ、シャガールの温かい人間らしい愛情溢れる作品群で、観ていて癒されました。「ブルーコンサート」というこの絵は、愛妻ベラの死後9ヶ月も絵筆を持てずにいたシャガールが立ち直るために描いたものだそうです。シャガールの代表作であるにもかかわらず、個人のコレクターが手放さなかったため一般公開されるのは初めてだという幻の名作です。

目立たない一角にある小さな絵に衝撃を受けました。                    「戦争と平和」。ヒトラー直筆サインのあるナチスの勲章の証紙の空白に、火に焼かれるパリの家や悲しむ恋人、平和の象徴である牛や自画像が描かれたものです。ヒトラーのサインと対になるように、シャガールのサインが入っています。ユダヤ人として迫害を受けた経験を持つシャガールの、平和を願う痛切な思いが描かれた衝撃的な絵でした。

シャガールの絵には花束がたびたび登場しますが、ここには晩年に描かれた「誕生日の大きな花束」が展示されていました。1915年に描かれた「誕生日」という私の好きな絵がありますが、この絵はまだ恋人だったベラからシャガールの誕生日に花束をプレゼントされたことが嬉しくて嬉しくて描かれた絵です。シャガールは喜びを表現するとき、よく人を浮遊させますが、この絵のなかで浮遊しているシャガール自身の姿からも、抑えきれない喜びが伝わってきます。ここに展示されていた「誕生日の大きな花束」は、タイトルのとおり大きな花束の絵ですが、1915年のあの花束が時を重ねて愛情に育まれ、今ではこんなに大きくなったという意味なのでしょうか。

シャガールの絵18点は常設されているようです。癒されたいときには是非。

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2006年11月15日 (水)

美しいものを見て心揺さぶられたい。

ジェイムス・ティソという画家の絵を見つけました(クリーブランド美術館展)。 

ドレスのドレープやソファの質のよさそうな布地は柔らかく繊細で、思わず触れてみたくなります。

ニュートンの妻を横恋慕して、彼女以外描けなくなるほどこの女性に夢中だったとか。

好きでたまらない恋人を丁寧に描いたものです。                      

好きな絵や好きな作家を見つけるのはこの上ない喜びです。

すてきな出会いを与えてくれた美術展でした。

さてここのところ、最近ジムでラテンダンスのレッスンを受けています。             

股関節がうまく回りません!                                    

先生のダンスを見ていると、どうしてあんなに細かく機敏に動けるのかと思います。   

上体を固定して腰を回すというのはフラと同じはず。                      

でもフラのゆったりとしたリズムが身につきはじめた私にとっては

ラテンのリズムにスピード感があり、足捌きも複雑で、ステップを間違えないようにすることで精一杯です。

先生の動きはキレがありとっても格好よいのでつい見とれて動きが止まってしまう、

すると「腹筋、力抜かない!」と渇が入ります。                                     

先日も股関節がうまく動かせずに苦労していたらアドバイスをくれました。        

 「普段一人で歩くとき、いい?絶対に一人のときよ。だれかと一緒だと変態だと思われるからね。

 一人で歩くときに、股関節を回しながら歩いて練習するんだよ。」        

えっ、ひとりであるくときに?

コカンセツヲマワシナガラアルク?・・・・??

私がぽかんとしていると、もう次のステップに移っています。私、本当についていけてません。       

でも先生の美しいダンスを見られることも、レッスンの楽しみのひとつです。

さてまた話はかわりますが、ジョギング中に夕陽を見ました。とてもとても久しぶりに。                   

中にこもって仕事ばかりしていて、夕陽のことなんて忘れていました。

一刻一刻と濃淡が変化する、こんなに綺麗な赤と橙のグラデュエーションが自然のものだなんて!

美しい夕陽を見ると、また明日もがんばろうという気持ちにさせられます。

いろいろな美しいものを見て心揺さぶられたい季節ですね。

周りに溢れている美しいものを、見逃さないようにしないと。

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2006年5月24日 (水)

パリを魅了した異邦人

待ちわびたフジタ展に行ってきました。

時間帯がよかったのか、聞いていたほどの混雑に出会うこともなく

ゆっくりと見てまわることができました。

100点近い作品が時代を追って展示されていました。

(東京国立近代美術館に於いて。)

画家は、周りを取り囲む状況や、住む場所によって

作風が変わるとは言われますが、

中南米時代の作風の変わり様には驚きました。

パリ画壇の絶賛を浴びるきっかけともなった

乳白色の裸婦画が人気のようですが、

私の中のフジタと言えば、

墨だけの繊細な線で描かれたシンプルな白黒の婦人画。

でもそのシリーズの絵が一枚も展示されていなかったことは

少し残念でした。

浮世絵的な細い線を、

日本画で使う面相筆によって実現した繊細な作風。

そしてピカソと出会った頃にはその影響か

キュビズム風の絵もいくつか描き、

中南米に渡る頃には、自分の殻を破るためか

フジタらしからぬ強い色彩と強い線を描き、

晩年にはフジタ特有の細い線となめらかな乳白色が復活し、

中南米で覚えた色彩感覚と合わせて

独自のスタイルを創りあげている。

年代を追って多数の絵を見ていると、

画家が自分のスタイルを見つけるまでの

試行錯誤を垣間見るようでした。

フジタ作品に猫の絵はよく出てきますが、

上向きで目だけをこちらに向けた一本歯の猫はお気に入りなのか、

色々な絵に何度も登場します。

Jiga

猫の絵と言えば、たくさんの猫が凄まじく争い合うあの絵は迫力がありますが、

よーく見てみると右端に一匹だけ、

ひっそりとその争いを見つめている冷静な猫がいました。

Neo

争いごとが嫌いだったというフジタは、

この猫に自分を重ね合わせていたのかも(?)

こんな風に、見れば見るほどフジタの絵には新たな発見があり、

そこに込められたメッセージを読み取ろうとする楽しみもあります。

画集の中では見つけることの出来ない繊細な線と、

絵の中の脇役にまで、気を抜かない細やかさには

ため息が出るほどでした。

特に自画像に多く見られる部屋の中の風景は、

日常生活をいろどる小物がこまごまと丁寧に描かれており、

晩年にはカーテンや衣類など

あらゆる生活小物を手作りしたというフジタの、

身の回りのものに対する愛着が感じられました。

前日に見に行ったという私の父は、

『朝の買い物』

という子どもの絵がお気に入りだとのことでした。

Asa

フジタは晩年、子どもの絵を多数描いています。

子どもの絵はどれも目がつり気味で額が広く、

似たような顔立ちをしていますが、それらにモデルはなく、

全てイマジネーションで創造した子どもだとか。

私もこの絵は大好きです。

でも父がそれを好きだと聞いて、少し可笑しかった。

だって私がこの絵を好きな理由は、幼少の頃を思い出すから。

私が子どもの頃、お洒落な両親は

私に子供じみた色やプリントもの服を着せるのを嫌い、

近所へ出かけるのにもシックな色のものを好んで

よく着せられていたから。

この絵の子どものように!(おでこも似ているといわれてます 笑)

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